02


真っ直ぐ城に帰るのもつまらないなと遊士はぶらぶらと城下を散策する。
行きつけの茶屋に入り、葛餅を頼んで一息吐いていれば、机に影が落ちた。

「ここ良いか?」

次いで掛けられた声に遊士はチラリと視線を上げて頷き返す。

「ん?いいぜ」

慣れた様子で遊士と同じ物を頼むと、相手はクツリと笑った。

「その様子だと上手くいったみてぇだな」

「お陰さまで。というか、始めから知ってたな政宗。喜多さんに渡したあの手紙、女の人を呼び出す為のものだったんだろ?」

何か可笑しいと思った。と、ずずっとお茶を飲み、遊士は向かいに座った政宗を半眼で見据える。
だが、政宗はその視線をものともせず運ばれてきた葛餅に手を付けると飄々とした態度で言ってのけた。

「説明しなくてもお前なら分かるだろうと思ってな」

「…だからってなぁ」

信頼されるのは嬉しいが素直には喜べない複雑な心境が遊士に拗ねたような表情を浮かべさせる。
その様子に政宗はふっと笑みを溢し、言葉を続けた。

「それに多少は牽制にもなっただろ。今回の事でお前に挑んでくる奴は減るはずだ」

「だと良いけど…」

どこか投げやりに返した遊士の頭にいきなりぽんと手が乗せられ、ぐしゃぐしゃと髪を掻き混ぜられる。

「わっ、いきなりなに…!」

「馴染んできたなお前も」

穏やかな瞳で言われ、遊士は慣れぬ眼差しの暖かさにとうとう言葉を詰まらせた。







その後、城へ帰ると言った政宗と共に遊士も帰路に着き、一人、自室の前の縁側に腰を下ろした。

腰に挿していた刀を左側に置き、両腕を頭上に伸ばして体を解す。

「ん〜…」

右に左にと体を捻り、軽く肩を回してそのまま後ろに仰向けに倒れ込んだ。遠くから聞こえる人の声や物音、様々な生活音に耳を傾け、遊士は瞼を閉じた。

「…オレが馴染めたなら、それは政宗や小十郎さん達のお陰だよな」

そう呟いた口許は緩やかな弧を描いていた。
頬を撫でる柔らかな風にそっと瞼を開いて見上げれば鮮やかな青。陽射しを遮るもののない空を、翼を広げ気持ち良さそうに鳥が翔んでいく。

「平和だよなぁ」

その姿に、寝転がった遊士は瞳を細め右手を空に伸ばした。

「ここは居心地が良すぎて困るな」

翳した掌で陽射しを遮り、口許を緩めたまま遊士は呟く。暫く空を眺めていた遊士は流れてきた薄雲に陽射しが隠されると無用になった右手をぱたりと下ろした。

「っと、転がってんのなんか見られたら彰吾に何を言われるか」

そうして、がばりと身を起こすも時すでに遅し。いつの間にやら彰吾が側まで来ていた。

「何をやってるんですか遊士様」

怒ってはいない様子だが、呆れたような眼差しが遊士に突き刺さる。

「いや、これは…だな。その…」

「はぁ…。寛ぐのであれば部屋の中でにして下さい」

「…おぅ」

偶然通りかかっただけなのか彰吾は注意だけすると静かに通り過ぎて行った。

「さてと…」

側に置いていた刀を拾い、遊士は大人しく自室へと入る。刀を所定の位置に戻し、文机の上に重ねられていた書物を手に取った。

「そういや読み途中だったな」

ぱらりと栞の挟んである頁を開き、文机の前にどかりと胡座かいて座ると、つらつらと綴られた物語に引き込まれる様に遊士は読書を始めた。

途中、彰吾が手配したのだろう、女中がお茶を運んで来る。

「…Thanks.」

「いえ…」

ちらりと書物から女中へと流れた遊士の視線に、女中はほんのり頬を染めてそそくさと退出して行った。その様子にまったく気付かず、遊士は再び読書に没頭する。

やがて陽が傾き出し、読書するには読みづらくなってきて遊士は書物を閉じた。
四方に灯りを灯し、その夜の夕餉は彰吾共に食べ、その日あった出来事など他愛もない会話を交わして時が過ぎる。

就寝前に少し縁側に出て夜風にあたり、闇夜を淡く照らす月を見上げて遊士は床についた。



end.




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